主人を訪ねて30キロメートル
4月11日、タイ国からサイチョウの研究者とその支援グループ14名が屋久島観光に訪れ、私たち「サイチョウ友の会ジャパン」がご案内させていただくことになりました。
4月13日。今日でタイの皆さんをご案内するのも3日目、一緒にツアーに同行させていただいた雁は皆の人気者になっていました。皆「カリィ、カリィ」と親しく呼んでくれます。ちなみにこの音はタイ語で刺身の意味だそうです。
この日のツアーも終盤に差し掛かり、皆さんを西部林道にご案内していた時のことです。ここは海岸線から世界自然遺産に指定されています。その素晴しい照葉樹林をゆっくり体感していただくため、皆さんには車から降りて少し歩いていただくことにしました。車2台は先に行って待つことになり、前の車が走り出した途端、今まで「臥せ」をしていた雁は急にその車を追いかけて行きました。いつものように「トマレッ!」と一声叫べば止まったはずなのですが、いきなり大声をだして皆をびっくりさせてはいけないと思い、躊躇してしまいました。それに前の車もすぐ先で停まるから一緒に待っているだろうと高をくくっていました。しかし行ってみると車だけで雁の姿はどこにもありません。さあ大変です。取り敢えず10分だけお時間をいただいて呼んでみたのですが、一向に出てくる気配はありません。仕方がないので後で迎えに来ることにして、心配する皆さんには「マイペンライ(大丈夫です)」と言ってツアーを続けました。この時、午後4時でした。
それまでずっとバスでの移動だったり、外に出てもリードでつながれたりで、雁は自由に遊べませんでした。この時は外に出してオフリードで「臥せ」をさせていましたが、私の意識がお客様に向いていたので、チャンスとばかり遊びに行ったのでしょう。前の車が走り出した途端追いかけたのはただのきっかけだと思います。
皆さんを宮之浦の宿に送り届けた後、私は西部林道に向けて急いで引き返しました。林道に入って暫くすると、前から一台のレンタカーがやってきました。「黒い犬を見ませんでしたか?」と尋ねると、「少し前に鈴を付けた黒い犬を見た」とのことでした。雁に間違いありません。礼を言ってはぐれた現場に急ぎました。しかし雁はいません。午後7時、辺りは薄暗くなってきました。暫く呼び続けましたが出てきません。そのまま車の中で夜を明かしました。
4月14日午前8時、またタイの皆さんを迎えに行く時間になったので、宮之浦の宿に向かいました。宿に着く直前、携帯電話が鳴りました。「雁が見つかった。宮之浦の役場の前で保護された」という母からの報せでした。早速行ってみると、雁はもう大変な喜び様で、私との再会を全身で表現していました。役場の人に聞くと、「出勤して来た時、入口の前で『臥せ』をしていたのでつないだ」とのことでした。ここには雁を連れて何度も来ているので、多分懐かしい匂いがしたのでしょう。それにしてもはぐれた場所からここまでの距離は約30キロメートル、夜通し歩いて辿り着いたのでしょう。心配していた皆さんも「本当に良かった。グレイトドッグ!」と喜んでくれました。
今までもこのようなことが何度かありましたが、1時間ほど遊んだら必ずはぐれた場所に戻ってきました。この時も戻ってきていたのです。私がすれ違ったレンタカーに確認したのはその場所に行く10分ほど前のことですし、他にもそこを通った地元の人が「鈴を付けた黒い犬がその場所にいた」と証言してくれました。私が戻ったのが3時間後とあまりにも遅かったので、雁も心配になって移動し始めたのでしょう。そして運悪く雁は森の中を、私は車道を移動したのですれ違っても気がつかなかったのでしょう。私が現場に着いた時は風向きも雁が行った方向からでしたので、私のにおいも取れなかったし、むしろ宮之浦から現場まで私が窓を開けながらゆっくり移動してきたので、雁が向かった宮之浦方向に微かに私のにおいが残っていたのかも知れません。
人間はラフトと呼ばれる死んだ皮膚細胞を1分間に約4万個も落としていると言われています。犬はラフトにより個人を識別することが可能なので、訓練次第で優秀な救助犬や警察犬に育てることができるのです。
タイ国からいらしたサイチョウの保護に関わる14名の大切なお客様は、14日の飛行機でお帰りになりました。皆さんに楽しんでいただけたようで本当に良かったです。これから私たち「サイチョウ友の会ジャパン」は、タイの皆さんの支援をしていくためにがんばりたいと思います。
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