フローティング・キングダム
ブータンへのハピネスツアーの旅程
(Itinerary of HAPPINESS TOUR TO BHUTAN)
2019年8月30日〜9月5日

1日目:2019年8月30日
 飛行機はブータンの手付かずの山々の間を滑空し、一世一代の特異な演出を体験しながらパロ空港に到着します。空港から一歩踏み出すと、プロの訓練を受けたブータン・ガイドがあなたの幸せを祈りながら首にカタ(白いスカーフ)をかけ、伝統的な祝福と歓迎の儀式で出迎えます。
 その後、人と動物が共存している風景を見ながら、パロ渓谷を越えて首都ティンプーへと向かいます。
 道中、鉄を自在に操った職人であり、ブータンで最も尊敬されているマハシッダ(偉大な仏弟子)の一人であるタントン・ギャルポが建立した古色蒼然たる寺院「タチョガン・ラカン」を訪れます。その木の床には、長年同じ位置で祈り続けた信者により刻み込まれた足跡を見ることができます。
 ティンプーの静かで落ち着いた三つ星ホテルでご宿泊いただきます。

2日目:2019年8月31日
 名誉ゲストとして夢の懸け橋祭りの開会式に参加します。開会式では、名誉ゲストの代表としてソナム・デチェン・ワンチュク王女から観客とともに祝福されます。その祭りは毎年、ブータン王立織物芸術院で開催されます。左の絵はその祭りに出展するアーティスト、児玉美音子氏が描いたソナム・デチェン・ワンチュク王女の御子息です。彼は前世の記憶の証明により、ブータンに仏教を伝えたグル・リンポチェの弟子の一人、ヴァイローチャナ(毘盧遮那仏)のトゥルクに認定されました。トゥルクとは化身ラマのことであり、チベット仏教では菩薩のようにこの世で必要とされている人は、再び同じ人として生まれ変わります。不思議なご縁で、王女の母君であるドルジェ・ワンモ・ワンチュク王妃陛下の叔父と大叔父もトゥルクでした。

 祭りと集合写真撮影会の後、ブータンの郵便博物館を見学します。博物館には、ブータンの郵便史の遺物が収められています。ブータンを訪れた記念に、あなたの思い出の写真で切手を作ることもできます。

 ティンプーの中心部にあるメモリアル・チョルテンを訪れます。その仏塔はブータンの第3代国王陛下の崇高な願いを叶えるために、最も縁起の良い状況下で建立されました。それはすべてのブータン人による純粋な思いやりの願いを叶える如意宝珠だと考えられています。生きとし生けるものすべての幸福と世界平和を願って祈りましょう。

 ティンプーの街頭を見渡して、ブータンには信号がないことに気が付くでしょう。混雑する場所など、警察官の手信号により交通整理をしているにすぎません。車は主要道路を走行中であっても脇道から出てくる車を優先します。また主要道路の横断歩道は10cmほど盛り上がっているので車はその手前でスピードを緩めなければならず、必然的に歩行者を優先します。運転や道路のつくりからも、ブータン人が他者を思いやる優しさを感じることができます。

3日目:2019年9月1日
 温かな朝食の後、一日はクエンセル・ポダン(ブッダ・ポイント)にある、世界一大きな坐仏像への訪問から始まります。その仏像はティンプーと人々を見下ろす美しい記念像です。またその中には多数の小さな仏像と仏典が収められています。
 最大の仏像を見学した後は、クエンセル・ポダン自然公園でブータン式ピクニックを楽しんでいただきます。食事を楽しんだり、自然を鑑賞したり、珍しい鳥が歌うのを聞いたり、鳥瞰によりティンプーの街を眺めることができます。
 その後、ブータンの国立競技場「チャンリミタン・スタジアム」を訪れます。その競技場は、ブータンの第1代国王陛下がブータンの唯一の内戦を終え、100年にわたるブータンの人々の平和を築いた戦場の上に建設されました。毎年12月17日に、ブータンの人々はここで国家記念日を祝います。競技場を周遊するときに、国王陛下の席を間近で見ることができます。

 日暮れ前に、国王陛下の牙城であるタシ・チョ・ゾンを訪れます。その牙城には、ブータン国王陛下の執務室があります。国王陛下は他のすべてのブータン人同様、毎日仕事をしにいきます。国王陛下の王宮はタシ・チョ・ゾンのすぐ下にあります。王宮はブータンの第2代国王陛下が所蔵していた、2つの寝室がある地味な木造家屋です。国王陛下は園芸が大好きなので、王宮とタシ・チョ・ゾンは花に囲まれています。日が沈むにつれ、まるで宝石のようなルビーレッドに輝くタシ・チョ・ゾンの美しい光景が見えてきます。

4日目:2019年9月2日
 ドチュ・ラの109基のチョルテンを訪れます。チョルテンとは、森羅万象の生き物たちの恵みのために造られた仏教的建造物です。ここにはブータンの第4代王妃陛下ドルジェ・ワンモ・ワンチュクによって建立された109基のチョルテンがあります。うち1基は先に建立されたものですが、残り108基は2003年のアッサム・ゲリラとの戦闘の際に祈りを込めて建立されました。ブータン政府は1997年から2003年まで6年間、ブータン南部にキャンプしながらインドからの分離・独立を主張していたアッサム・ゲリラに対し、自発的に解散・退去するように説得・勧告しましたがゲリラ部隊は応じませんでした。次第に友好国であるはずのインド政府はブータン政府がアッサム・ゲリラを擁護しているとみなすようになりました。そこでブータン政府は打開策として軍事行動によってゲリラ部隊を国外退去させることを決議したのです。第4代国王陛下が兵士を先導し、彼の開戦訓示に続き一人の高僧が、「あなた方は兵士といえども慈悲心を持たなければならず、敵も他の人間と同じように扱わなければなりません。あなた方はある人の夫であり、子どもであり、親であり、兄弟であり、友人です。ゲリラ兵たちも全員、誰かと何らかの関係にあることに変わりありません。そして何よりも仏教徒として殺生は許されることではありません。」と言いました。14年以上にわたり続いてきた30のゲリラキャンプで3,000名ほどにのぼるアッサム・ゲリラ部隊に対し、戦闘は僅か1日半でブータン軍の勝利に終わりました。しかし国王陛下は兵士に対し、「戦闘が終わったからといって喜ぶ理由は何もない。軍事的規準からして勝利は速やかで、戦果は優れたものであった。しかし、戦争行為において誉れとできるものは何一つない。いつの時代にあっても国家にとって最善なのは、係争を平和裡に解決することである。ブータンはいかなる状況においても軍の戦力に頼ることがあってはならない。世界の二大大国に挟まれた小国という地理的状況からして、軍事力でもって主権を守るというような考えは決して許されない。ブータンにとっての最善にして唯一可能な国防は、近隣諸国との友好・信頼関係である。」と訓示されました。そして国民たちは勝ちどきもあげず、戦勝式典もせず、ただバターランプを灯して戦死したブータン人兵士とゲリラ兵士の冥福を祈りました。さあ、より良い世界のために祈りましょう。

 ドチュ・ラにはまた、様々な仏像や悟りの境地を描いたたくさんの瞑想洞穴があります。経験豊かなガイドがそれらを通してあなたを神聖な世界へと導きます。洞穴の中で瞑想している写真を撮られることをお勧めします。
 その後、ブータンの障碍を持つ若者のための非営利団体であるドゥラックツォ職業訓練センターを訪問します。そこでは彼らが技能を身に付け自立した生活を送ることができるように訓練しています。彼らと対話すれば、彼らが人生で苦労を重ねることを察するかも知れませんが、彼らは多くの幸せをつかむことも可能です。幸福とは“足るを知る”ことだからです。

5日目:2019年9月3日
 ブータンの伝統的な生活の博物館「シンプリー・ブータン」を訪問します。50〜100年前のブータンの歴史的な日常生活を体験することができます!それから本格的なブータン手工芸品市場を訪問します。そこではブータンの伝統的な民族衣装であるゴ(男性用)とキラ(女性用)を購入することができます。また愛する人のために、多くの面白い贈り物を購入することもできます。
 その後、パロに戻ります。パロにあるブータンでも指折りのバーの1つで、ブータンのナイトライフや音楽を垣間見て楽しむことができます。

6日目:2019年9月4日
 この旅行の中でのハイライトは何と言っても、虎の巣穴としても知られるタクツァン僧院への登山です。タクツァン僧院は、ブータン人が「第二のブッダ」と呼ぶグル・リンポチェによって建てられました。その僧院はグル・リンポチェの弟子イェシェ・ツォギャルが雌虎に姿を変えてチベットからそこまで彼を運んだという言い伝えから、虎の巣穴と呼ばれています。僧院はまるで魔法のように絶壁に張り付いています。それを目の当たりにするとき、一体どのようにしてそこに僧院を建立したのかと目を疑うでしょう。

 2〜3時間の登山になりますが、その苦労は十二分に報われるだけの価値があるでしょう。途中までは馬を手配することも可能です。僧院に入ったら厳かにバターランプを灯し、一切衆生の幸福を願って祈ります。

 登山から戻って休んだ後は、ブータンの国際空港があるパロ市街地を散策します。パロで忘れてはならない人物がダショー西岡(西岡京治氏)です。彼は1964年4月から約28年間に亘り、ブータンで稲や多種多様な野菜の栽培技術を伝えたり、水路や道路の整備を進めました。それはブータンの人々の生活を劇的に改善することになり、ブータン国民の幸福と平和的な繁栄をもたらしました。彼は多くの人々から感謝されるとともに、第4代ブータン国王陛下から「最高に優れた人」を意味する「ダショー」の称号を授かりました。彼は1992年3月21日にブータンで亡くなり、ブータン王室およびブータン政府によって国葬が執り行われました。その葬儀には5,000人もの人々が訪れ、大勢の僧侶による読経が絶え間なく続きました。ダショー西岡はブータンの人々に心より愛され、パロには彼に敬意を表してダショー西岡チョルテンが建てられました。彼のお蔭で、ブータンでは日本人がとても尊敬されています。

7日目:2019年9月5日
 いよいよ最終日です。安全な日本への帰国を祈るために地元の僧院を訪問します。私たちは、この「ハピネスツアー」が単なる新しい場所への旅行以上のものであることを、そしてあなたがブータンを第二の故郷にしていただくことを願っております。パロ国際空港の前での集合写真撮影会の後、私たちはまたお会いできることを祈りつつ別れを告げるでしょう。

 タクツァン僧院の近くに住んでいるイワヒバリ。

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